2008年1月31日「思考世界」掲載記事

霊学的人間の考察(1)
◆人類進化の背景にみる、霊的作用◆

 先日お知らせしたように、今回から少しずつ「シュタイナー理論に基づいた人間の考察」について、まとめていきたいと思います。

 「人間」という存在を考えた時、一番最初に浮かぶ疑問は「どこから来て、どこへ向かおうとしているのか」ということではないでしょうか。
 私達は概要的に人間の進化過程を知ってはいますが、その詳細たるを理解はしていません。世界のあちこちに文明が栄え、時代と共に衰え、かと思ったら民族の移動に従って伝播し、新たな文化と融合し、また廃れたりを繰り返す――その経緯や流れは何となく把握出来ても、「文明自体が起きたきっかけ」や、「何故、突如そこに巨大な文明が誕生したのか」「どうやって、それほどの知恵を見出したのか」「文明を築くまでに至る言語や思考の発達過程」などについては人類学史、また考古学史上においても多くの謎を含んだままです。
 しかし、私は「霊学」を根本から理解する為には、こうした「歴史的背景から捉える必要がある」と、そう思っています。何故なら、人間の進化に働きかけた「目に見えない力」こそが、霊学の対象となるべき高級霊達(通称名は何でも構いません。天使でも、菩薩でも、精霊でも。)なのではないかと、そう考えているからです。

 では、何故そう言えるのか――それは、当初は同じ条件下にいた「太古の時代に存在した動物達」の中で、何故私達人間のみがこうして進化を遂げたのか、その時点からして本来は偶然性で片づけられないと、そう思っているからです。
 人間となるべき猿人と、そうならなかった猿達との間に生じた運命の差とは、果たして何だったのでしょう。一説では、猿人となった猿達は環境の変化により住処だった森を追われ、高原で暮らさなければならなくなった。その為、守られていた森の環境とは違い、自分達で生き抜く知恵をつけなければならなかった為に、進化を遂げたと言われています。
 では、その猿達は何故森の住処を出るような運命下に置かれたのか――逆に、何故普通の動物達に訪れるような「淘汰の運命」を彼らは辿らなかったのか。突き詰めていけばいく程、疑問は湧き出てきます。
 言語はどのようにして誕生したのか。ある日突然、繰り返しの擬音の中に「意味」を彼らは見出したのか。それとも、何らかの法則性が働いて、整然とした言語体系が突如誕生したのか。それは語学に携わり、個々の言語が担う「文法の個性」を実感すればする程、不思議に思えてくるものです。
 私はこれらの疑問の背後には、それを統括するべく存在した「力」、いわば霊的作用がなければ説明つかないのではないか――そう思っています。

 先日のブログでも少し触れましたが、言語の付与については「能天使(※ここではシュタイナーに倣って天使という言葉を使っていますが、それがどういったものかは個々人の想像にお任せします。ですが、必ずしもイメージ通りの天使、というわけではないことだけ念頭に措いてください。)」の役割が大きいようです。
 人類の言語付与に、能天使が関わる――これを一般的に理解しようとすると、かなり無理があると思われます。この部分を明確な物質界での言語に置き換えることは、現状では不可能でしょう。なので、私は「以下ような解釈」をしています。
 このブログ立ち上げの頃にも書きましたが、まず「思考が化学元素のように存在する世界」を想定します。
 たとえば、みなさんが「ヴァーチャル」の中で(ゲームにあるような感じで)模擬世界を造ろうとしているとします。その際、「今、人間は○○という段階に入った。次の進化に至るには××をしよう」などと考える「思考だけしかない」世界があると想像してみるのです。(ちなみに、私達人間は低次元のことも同時進行で考え得ますが、そういった雑念が高次の段階では「いっさい入らないだろう」ということも想定しておく必要があるでしょう。)
 「思考だけしかない」ので、それらは「思考の形状」で分離したり、融合したります。似通った意志は融合し、そうでないものは反発しあう。そして、その「類似したひと塊の思考」の働きを取り出して「能天使」「権天使」などと名付けてみる――といった具合に、です。
 もっとも、これはすごく平易な形での想定なので、実際はこれをもっと複雑化し、かつ秩序だった構造になっている、ということは予測しておく必要があると思いますが、大体のイメージはこれで掴めるのではないかと思います。

 さて、このような形で「働きかける意志」――大天使、能天使や権天使達は、人類の誕生ばかりではなく、常に歴史の背景にも存在しています。
 こうして言語や知的能力を発達させてきた私達人類ですが、そこに行き着くまでの過程は並々ならぬものだったと思われます。人類史上もっとも最古とされる類人猿の発見は400万年ほど前ですし、よく名の知れている北京原人だって50万年ほど前、新人とされるクロマニヨン人だって4万年と、気が遠くなる程昔です。(余談ですが、北京原人の頃すでに言語は存在し、儀式のようにして人間の脳を食べていた――という説もあります。)
 しかし、実際に文明の経過が見られるのは5500年ほど前あたりからで、それこそ文明が出来てからの歴史の方がまだまだ浅いと言わざるを得ません。
 もっとも、これは「ただ進化してきた」というのではなく、霊的進化形態も物質界と同じように「段階」が存在するのです。
 このあたりの地球進化について、シュタイナーは「神秘学概論」「アカシャ年代記」などに執筆しています。
 そこに書かれた内容が、必ずしもこの物質界における進化とイコールになるとは限りません(何故なら、物質界に現象化させる為には、霊界における「現象化」が必要だからです。私が思うに、この二冊に書かれた進化の過程は実質的なものというよりも、霊界における「設計図のようなもの」なのではないかと推測しています)。しかし、当てはめていくと充分納得出来る形で符合しているのです。

 これら人間の進化の過程は、「人間の本質が進化する過程」であるとも言い換えられます。
 ひとつは「肉体」。そして、それに繋ぎ止められる形で存在する「エーテル体(これは物理学で言われるエーテルとは違うものです。生命力と考えた方が、わかりやすいかもしれません)」、思考・精神を司る「アストラル体」、そしてもっとも高次でその個を統括する「霊我」です。

 このあたりも、一般的な解釈をしようとすると、難しいかと思われます。また逆に、スピリチュアルに詳しい人でも、ファンタスティックな形(天使は天使として、私達と同じ人間のように人格をもち、個体のように存在する――みたいに)で理解してしまっている方にとっては、わかりづらく感じられるかもしれません。
 ここでも私流の解釈をご紹介しますと(あくまで私自身の解釈です。ご自身で「違う」と思われたら、ご自身の閃きを優先なさってください)、霊界を「海」のようなひとまとまりの液体として捉えます。 その液体は、「思考の元素」によって出来ている世界です。
 そこに、異質なものが少しずつ誕生します。それは、水の中で突如生まれる氷塊のようなものです。水だけしかなければ、そこに何があるかも掴みづらいですが、氷塊となることで「見えるもの、触れるもの」になります。
 その氷塊の周辺には、氷塊を包む海に通じる形での液体が淀んでいます。しかし、氷塊に近い分、その液体も純然たる液体とは「少し異質」です。喩えていえば、色彩の「グラデーション」のようなものです。すべてが「白」のところに、突然出来た氷塊が「黒」だったとして――その黒から白に至るまでの間には「黒→濃い灰色→灰色→淡い灰色→白」という変化が見られるでしょう。
 それら周りを包んでいる「灰色の部分」が、エーテル体であったり、アストラル体であったりするのではないか、そう私は考えています。(この「人間の四元素」については、また後日改めて記事にします。)

 そして、これら「肉体・エーテル体・アストラル体・霊我」を高級霊達の力により発達させていく過程こそが、この「人類における膨大な進化の過程」なのではないか――私はそう考えています。
 それは、人類を発芽させるきっかけを産んだ高級霊達がいかにして物質界に受肉していくかを探る、ひとつの試行錯誤だったのではないか――私はそう考えている次第です。